大川小学校跡地で思う(動画)


2019.7.4

毎年の被災地への旅に行ってきました。

石巻の大川小学校跡地から順次、紹介していきます。


この気持ちをどう表わせばいいのか…、

生涯、忘れない記憶になると思います。


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東日本大震災のあの日、

校庭で待機していた子供たち78人のうち74人と、

先生11人のうち10人が亡くなった小学校です。



行かれた人もいると思いますし、

ご存じの方もいるでしょう。

私も知っていましたが、

現場に足を運ばないと

分からないことがありました。


高台が、目を疑うほど近くにある…。


(手前が校庭、白い看板が津波到達点です)

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Facebook動画をご覧ください。

https://www.facebook.com/reiko.setogawa/videos/1908835629216197/


すぐ目の前の高台を少し登れば

全員助かったのは一目瞭然です。


小さな子でも数分あればのぼれたでしょうに、

生徒たちは先生の指示で

津波到達までの50分間も

校庭で待機させられてしまいました。


まだ春遠い3月。

雪が降って寒かっただろうに。

怖かっただろうに。


高台へ逃げようと言った生徒たちもいました。

実際、高台へ逃げ始めた生徒たちもいました。

でも、整列に連れ戻されました。



ご遺族である親御さんの話として現地で聞いたのは、

先生の間で「待機する」と「逃げる」の意見に分かれ、

結局、力を持っていた先生の「待機する」に

従うことになってしまった、と。



もしも、普段からコミュニケーションが取れていたら…、

互いの考えを尊重し合えていたら、

「校庭で待つくらいなら、山に登っておこう」と

思えたのではないか…。

そう思わずにはいられませんでした。



普段から対話をしていない人たちが、

有事のときにいきなり対話を始めることは、

残念ながらほとんどないと思います。

できれば理想ですし、

そういうケースも聞かないわけではありません。

でも、現実的にはまれです。

一時的にできても継続は難しいです。

心の余裕がないのが普通ですから、

対話どころか対立になってしまうことが多いのです。



規則や前例を守るだけではなく、

人間が人間力を持って人間を守るには

対話は欠かせないと思います。


判断のあやまちを万が一のときの教訓にしたい。

この出来事を忘れたくない。


合掌。


瀬戸川礼子でした。