私をいじめた小学校の先生に勝ったあの日(前編)



こんにちは。これを書いている今は8月、

子どもたちは夏休みですね。

学校に行かなくて済む、と

ほっとしている人もいるでしょうか。


私もそんな気持ちになったことがあります。

役立てるか分からないけれど

そこから得た思いをつづってみようと思います。


4のときにいじめっ子に好かれてしまい、

その裏返しでいじめられた話は前にブログで書きました。

https://76653926.at.webry.info/201709/article_2.html



実は、同じ時期、

担任の先生からもいじめられていたんです。

いや~、二重苦。


いじめって、子供同士がするものとは限らず、

先生が生徒をいじめる場合もありますよね。

あってはならないけれど、今でも、現実、ありますよね。

胸が痛いです。


わたしをいじめたその人は、

小学3年と4年で担任だったO先生です。

新任ではなかったから、25歳くらいかな。

きつい目をした、意地悪な女の先生でした。


私は幼稚園のころから、女の先生にも、男の先生にも、

たくさんの先生にかわいがってもらいました。

けれど、O先生にはにくまれました。


もしかして、かわいすぎちゃったのかな(笑)

ブログに書ききれないくらい、いじめられました。


エネルギーがあまっている私は、目立ってしまいます。

でも、それが私だから、何がいけないのか分かりません。

いま思えば、「いい子」が好きなO先生は、

私のようにぴょんぴょんしている子はどうすればいいか分からず、

それがプライドにさわって、怒りに転じたのでしょう。


思い出すことはほとんどないですが、

いちばんひどかったなと思うのは、

あの、人を蔑(さげす)むような目…。

きたないものを見るような目でいつも見られたんですよね。


あれは本当にしてはいけないことだと思います。


O先生のことを書くと、どうしても話が暗くなるんですが、

いまから書いていく出来事は、

学校生活の全体ではなく、部分的な話です。

友だちとはよく遊び、よく笑い、楽しいことも多かったです。

守ってくれる人もいました。

なので私のことは心配しないで読み進めてほしいです。


【給食の話】

私の通った小学校では、

給食の後の昼休みに、教室をそうじするのが日課でした。

机といすをだーっと後ろにまとめ、

日直がほうきをかけます。


そんなほこりだらけの教室の、机と机の間にはさまって、

私はほぼ毎日、一人残って、食べきれない給食を食べました。

好き嫌いではなく、小さくて細かったからお腹がいっぱいなんです。

でも、全部食べないと校庭で遊ばせてもらえませんでした。


あ!

好き嫌いが一つだけありました。

真空パックのオムレツ。

あれだけはホント無理だった…(笑)


あのころは、食べられない私が悪いと思っていましたが、

いまはそうではないことが分かります。

子どもの気持ちを置き去りにして、不衛生な場所で、

無理矢理 食べさせるほうが悪いです。


ある日、帰宅して母に学校の話をしていたとき、

ついでに給食で居残りしていることを言いました。

子供にもプライドがあるし、心配もかけたくないので

親にはかっこ悪い話をしたくなかったけれど、

勇気を持って話したんです。


母は、「まあ」と、驚きながら聞いていました。




翌日だったか、2日後だったかな。

私はまた給食が食べきれず、

ほこりだらけの教室に残っていました。


すると、O先生が例のまなざしで私を見下ろし、

「食べなくていいから片付けなさい」と言うのです。


「え?」 私はきょとんとし、

「そんなら良かった」ってぇことで、

先生の気が変わらぬうちに

食器を片付けて、校庭に逃げました!





家に帰ってから、「今日ね!」と母に話しました。

うんうんと、うなずく母。

そこで、種明かしされました。


母は、私の話を聞いて「とんでもない」と思い、

こっそり学校に行って、

O先生に直談判してくれたのです。


先生は、「しつけだ」みたいなことを言ったそうですが、

母は、「しつけはうちでやりますから、ほっといてください」

と、言ってくれたと聞きました。


学校の昼休みなのに、ほこりだらけの教室で

礼子だけ残りを食べさせて遊ばせないなんて

とんでもないと思ったのよ、

と、ちょっと怒っている母を、

私はどれだけ頼もしく思ったことか。


この日から、給食が食べきれなくても

昼休みは普通に遊べるようになりました。


「我慢しなさい」という親じゃなくて本当に助かった。


その後の人生にとっても、大事な場面だったと思います。



こういう話って、子供は親に言いにくいけれど、

どうか勇気を持って言ってほしいです。

嫌なんだということを、はっきり伝えましょう。


万が一、親がそれに対して無関心だったら、

図書館とか塾とか、ほかの大人にも相談してみてほしいです。

子どものするどい嗅覚(きゅうかく)を使って、

聞いてくれそうな大人を嗅(か)ぎ当ててほしいです。



さてその後、O先生は産休になり、新しい先生が来ました。

私は、名誉挽回(めいよばんかい)だと思いましたが、

新しい先生には、「ちゃんと」私のことが引き継がれていました。


理科の時間に私が何かの液体をこぼしてしまったとき、

「だから礼子ちゃんはダメなんだと、O先生から聞いていた」と

新しい先生は、みんなの前で言いました。



だけど、子供って本当に健気な生き物で、

いまならこっちから願い下げだけれど、

子供の私は、それでも2人の先生に好かれたかった。


新しい先生も産休に入ることになったので、

私はマイメロディの絵を書いて新しい先生に贈ったし、

5年生に進級してO先生が担任じゃなくなっても、

食べられなかった真空パックのオムレツを

我慢してぜんぶ食べられたとき、


ちょうど下駄箱のところでO先生に会ったので、

「今日、オムレツ全部、食べられたよ!」と、言いました。


喜んでくれるかなと思ったけれど、

O先生は、「あっそ」 と言っただけでした。

横に立っていたほかの先生が、

「もうちょっと何か言ってあげたら」

と、助け船を出してくれましたが、

「いいのよ」と、O先生は面倒くさそうにそっぽを向きました。


なんか、かわいそうな感じになっていますが、

書いていてもまったく悲しくないので、心配無用ですよ。

とっくに乗り越えているんです。


むしろ、

* 大人って、みんなが本物の大人ってわけじゃないこと。

* 頭のよさと心のよさは別だということ。

* いばるやつは、だれであろうと嫌なやつだということ。

* 嫌なやつに好かれようなんて、二度としないということ。

* 助けてくれる人が一人でもいたら救われるということ。

* へこたれないということ。


そして何よりも、


* ああいう大人にはぜったいにならないということ。


小学生のうちから、

ここまで明確に言語化できていたわけではないのですが、

漠然とこうしたことを実感しました。


私は、本ではなく実体験で、こうした教訓を得られたんです。


学歴や職歴や技術力を上げるのもいいけれど、

人間力を高めずして何の意味があるんだ。

誰もそんな人にはついていかないし、幸せじゃない。

そんな思いがあります。



月日は流れ――、

23歳のある秋のことです。


なんと、あのO先生が、突然、目の前に現れたのです。


もう、びっっっっくり!


長くなったので、いったんここで切りますね。

続きはこちら(後編)へどうぞ ↓ 



ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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