慶應SDMの2019年秋「現代幸福論」に登壇します



幸福学研究者でホワイト企業大賞委員で、

慶應大学システムデザイン・マネジメント科教授である

前野隆司さんの「現代幸福論」

(2019年9月26日~12月26日までの全14回)。

学生のみならず一般の履修生募集が始まったそうです。


料金やスケジュールなどの詳細はこちら





講師は前野さんのほか、

ネッツトヨタ南国の横田英毅さん、

リベラルの上田庸司さん、

NPO法人FDAの成澤俊輔さん、

ダイヤモンドメディアの武井浩三さん、

西精工の西泰宏さんなど、

ホワイト企業大賞委員および受賞企業の方々が

多数、登壇されます。

私も10月に登壇します。



ところで、2019年8月20日のニュースに、

「米国大手企業のCEOらが所属する団体

『ビジネス・ラウンドテーブル』は19日、

企業の存在意義について新たな方針を発表。

これまで20年以上掲げてきた『株主至上主義』を見直し、

顧客や従業員、サプライヤー、地域社会、株主など

すべてのステークホルダーを重視する方針を表明した


とあります。よい流れ!

とりわけ「働く人」を重視してほしいですね!

↓ その記事はこちら

https://www.sustainablebrands.jp/sp/news/os/detail/1193596_2137.html?fbclid=IwAR0QJFsEiWuzpkspLQMAUpzKx8FTKP7pfmwSI7Jsp2pXoNmMJNlQ2Fc9fxE


「儲けるために働くな、幸せになるために働こう!」

幸せとは何か。

ともに考え、実践していきましょう!


ジャーナリストで講師の瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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石坂産業・三富今昔村の「SATOYAMAアウトドアナイト」2019


2019.8.24は、石坂産業が展開する三富今昔村の

「SATOYAMAアウトドアナイト」に行ってきました。

https://santome-community.com/outdoornight/



石坂産業は、住宅解体のがれきをメインとした

産業廃棄物リサイクル企業ですが、

こうしたイベントもするのです。

「自然と美しく生きる」を真剣に追及しているので、

なんの違和感もないイベントなのです。






ランチやお茶は敷地内の交流プラザなどで提供していますが、

「夜もお客さまをお迎えしたい」

とスタッフが主体的に考えたイベントなんです。


この日は熱風がなくアウトドアに絶好の気候。

テーブルごとに設置されたレンガ造りのBBQ台で焼いた、

香り豚や石坂ファームの野菜の美味しかったこと! 








キャンドル、虫の音、夜空と吊るされた灯り。

友達と幸せなひとときを味わいました。


途中、石坂靖子さん(中央)にもお会いできました。




週末スペシャルライブとして、

風来楽坊HiRoさんによるアンデス民族楽器の演奏があったのですが、

3人の小さな子供連れのお客さんのために、

テーブル近くまで行ってアンパンマンマーチを演奏し始めました。





すると、子供たちがテーブルから飛び出して、

奏者のそばでぴょんぴょん踊り出したのです♪

かっわいい~♡

まだ1歳くらいの赤ちゃんも興味津々のようで

仁王立ちで聞いています♡

親御さんはニッコニコで写真や動画を撮り、

周りのお客さんもみんな笑顔。


同社がひたむきに目指す

「自然と美しく生きる」がここにも。

涙が出そうな素敵な場面でした。


「SATOYAMAアウトドアナイト」

は夏期限定の予定でしたが、

好評につき9~11月も金曜・土曜限定で開催されます。

また行きたいな~。

https://santome-community.com/outdoornight/


ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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おもてなしの原点 女将さんのこころ その一
おもてなしの原点 女将さんのこころ その一





武井塾に参加しました。~経費も透明に~


2019.8.23は、ダイヤモンドメディア・武井浩三さんによる

https://www.diamondmedia.co.jp/

「武井塾」(母体は天外塾)の2期2回目に参加しました。


同社はほワイト企業大賞の大賞受賞企業で、

武井さんとは同賞の委員同士でもあります。


さて、今回の塾のテーマは

「会社の中のお金の決め方」でした





とても面白かったです。

その中から2つご紹介します。


①話し合いによる給与決定


全員の給与を社内公開しているダイヤモンドメディア社(以下、DM)。

従来、額は全員の話し合いで決めていました。

ところが昨年、時間と労力をかけるこの方法ではなく、

周りとのすり合わせなしで希望額を自己申告する

新しい方法を導入したところ、

社内が険悪な雰囲気になってしまったと。

これはよくないということで、

従来の話し合いに戻した、ということでした。



思うに、あらかじめ

「こう思っているんだよね」など伝達・話し合いがあれば、

それは「あなたは仲間だ」「あなたを信頼する」

と言われているようなものだから、

知らせてくれたことはうれしいし、

「力になろう」と思えたりするけれど、

何の予告もなく、

いきなり結論のようなものを出されると、

逆のことを考えるのが人の心情なのだな、と。


みんなで給与を話し合うやり方だと、

「〇さんは転職したらもっともらえる人だよね」とか、

「〇さんと同じくらい仕事のできる人を採用しようとしたら、

もっとコストがかかるよね」とか、

「PL(損益計算書)を見ないと決められないよね」など、

経営者かと思うような深い意見が出てくるようになるそうです。


これは給与公開の話であるだけでなく、

「当事者意識はプロセスに関わることで生まれる」(武井さん)

という好例だなと思いました。



② 経費も透明に

DM社では、各自が清算する「経費」もオープンです。

例えば、

この食事代は自腹にすべきか?

会社に請求してもいいか? 


誰がどう清算しているかみんなが見られる状態であれば、

その都度、自制心が働く、と武井さんは語ります。


人間は合理的な生き物だから、

自腹か清算か微妙な場合は、

5000円の出費をそのまま自分でかぶる場合と、

5000円は戻ってくるけれど、

それによって信頼を失うかもしれない場合を天秤にかけ、

冷静に損得で考える力が発揮されるんじゃないでしょうか。


経費がブラックボックスだとこうはいかないし、

経費を潤沢に使える経営陣への不信感も芽生えやすい。

実際、高い給料をもらいながら、

さらに経費をたっぷり使っている経営陣がたくさんいることでしょう。


そういうことをしている人に、

「みんなで力を合わせてがんばろう」と言われても

白けてしまいますよね。


「経費の透明化」、重要だなあ。


今回の総論としては、

DM社が大切にしてきた、①透明性、②流動性、③開放性

の3つを取り入れていくことで、

自社のみならず他の組織も「自然(じねん)経営」

の流れに乗りやすくなるのではないかということ。



そしてさらには、

DM社が携わる不動産業界とそれに関連する法律・制度は、

目先のお金を重視した持続しない可能性の高い状態だとし、

これからは、①持続可能性、②循環経済、③自律分散

が鍵になる、とのことでした。


幸せな社会の在り方を模索し、組織のよりよい構造を

追求し続ける武井浩三さんが広げたいとする一つは、

つながりを大切にした

ポリモルフィック・ネットワーキング

日本語にすると、

まさかの「多形構造」(たけい こうぞう)。



これはもう呼ばれているとしか思えない(笑)。

だんだん武井さんが求道者に見えてきたのでした。



よりよい社会をについての考えを聞き、話し、考える。
これは本当に楽しいこと。
ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。





アリストテレスと歯数の旅 ~女の歯は男より少ない?~



『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)の序文に、

こんな逸話が書かれています。


古代では「女の歯は男より少ない」と考えられていたと。

しかもそう言ったのは、

かの哲学者・アリストテレス(紀元前384~322年)。


以来、それは信じ続けられ、

2000年以上も過ぎた後に、とうとう誰かが思い付いた。

「数えてみようじゃないか!」



…ほんまかいな。


いえ、著者のラルーさんに対してではないですよ、

アリストテレスと古代の出来事に対してそう思うわけです。


「歯」だけに、「は?」とか言っている場合ではない(笑)


人間の歯は、男女同じく28本(親知らずで +1~4本)。

口の中を覗くだけで簡単に分かるのに、

なにゆえこんな思い込みが生まれ、

なにゆえ2000年もの間、信じられてきたのか?

アリストテレスは誰よりも賢い人じゃなかったの?


ちなみにラルーさんは、

「私たちだって、昔の人と全く同じように

自分たちの思考にとらわれてしまっているかもしれない」 とし、

ここから新しい在り方・ティール組織への変遷が記されていきます。

とても面白いしお勧めの本です。


確かに、誰にでも、私にも起こり得る「思考の固定化」

それを象徴する「歯数の罠」(と命名してみた)を

私はもっと知りたくなりました。


検索したところ、どうやらこの本に書いてありそう。

『脳の中の幽霊』V.Sラマチャンドラン著、1998年刊)。

タイトルからして魅力的です。





著者は、神経科学者でカリフォルニア大学サンディエゴ校の

脳認知センター教授兼所長(当時)です。

絶版なので中古を購入。

見開き4段で文字がびっしり。

これを321ページ読破しましたがーー、

肝心なアリストテレスの歯数の話は、

『ティール組織』と同じ内容が書かれているだけでした。


でも、

「アリストテレスは自然現象の鋭い観察者だったが、

実験をする、推測してそれを統計的に検証するという

発想はもっていなかった」

という著者の考えを得られました。


この本には自宅で出来る脳の実験も豊富に紹介されていて

とても面白かったです。

ただ、私が知りたいのは「思い込んでしまった原因」なので、

再度、それを探るための書籍を検索しました。


すると、

アリストテレスは『動物誌』を書いていることが分かりました。

馬の歯はメスよりオスのほうが多いそうだから(これはホント)、

この本にヒントがありそう。


ということで、

上下巻の分厚い文庫本『動物誌』を図書館で借りました。




「始めのほうに出てきてくれ~」と祈りながら読み始めると、

P72に早々と出てきました。


「第2巻 第3章 胎生四足類の外部(ウマ等の歯)」


「(中略)雄の方が雌より歯が多いことは、

ヒトでもヒツジでもヤギでもブタでも同じであるが、

他の動物ではまだ調べられていない。(略)」


あった、あった。↑ この文章です。

これだけしか書かれていませんが、原典を見つけました。


「雄の方が雌より歯が多いことは、

ヒトでもヒツジでもヤギでもブタでも同じであるが、

他の動物ではまだ調べられていない」って…、


…いやいや、「ヒト」すら調べていないですけど。



これだけでは納得がいかんので、

そのまま『動物誌』を読み進めましたが、

すべてがあんな感じで、淡々と記され、


「思い込んでしまった原因」は分かりませんでした。


でも、私なりに「こうだからではないか?」

推察することがありました。



アリストテレスの『動物誌』を読んでいて感じたのは、

観察対象への敬意とか愛情とか感嘆する気持ちが

まったく感じられない…、ということです。



単行本下巻の一番最後「第10巻 第1章」

を読んだときに、それは決定づけられました。


タイトルはこちら、

「ヒトの不妊症の原因は子宮や月経にある」

字面のとおり、女性のせいにしているわけです。

最初の1~2行目に、

「原因は両方にあることもあり、どちらか一方にあることもある」

と書かれた以外はすべて、女性側に原因があるという論調で、

中盤(第五章)には、

「男の部分が不妊の原因ではないことを知るためには~、」と

わざわざ記されているほどです。

現代なら炎上、必須では?



ファーブルの『昆虫記』にしろ、

さまざまなルポルタージュにしろ、

そこには対象への好奇心があり、

その好奇心の土台には敬意のようなものがある

と思っているけれど(私もそうです)、

アリストテレスの動物誌には、

少なくとも私が読んだ限りでは

対象者への敬意は伝わってきませんでした。



アリストテレスは歴史に名を残した哲学者ですが、

当時の社会思想の中に生きた一人の人間であり、

現代よりも男尊女卑が著しかった時代の人です。



これらを総合した私の考えとしては、

「女性の歯は男性よりも少ないと思い込んだ理由」は、

端的にいうと、

「女性を見下していたから」ではないでしょうか。

あなどっていたから、もっと詳しく知ろうとか、

本当にそうだろうかという疑問を持つ余地も

生まれなかったんじゃないかな?


そしてまた、これが2000年もの間、

信じ続けられてしまったのは、

「あの人が言うんだからそれでいいだろう」

「そういう風に決まっている」という、

これまた思考の固定化によるものだったろうと思います。


ただし、理由は見下していたんじゃなくて、

権威や慣例にあらがわない、いわば「見上げ過ぎていた」

という真逆の理由になるのかもしれません。

当の女性たちもそう思い込んでしまったという…。



短い旅でしたが、私がこの問題に執着したのは、

自分の中にも両方の芽があるからだろうし、

「あなたも気をつけてよ」と、

自分の中の自分が調べさせたのでしょう。

そんな気がします。



左脳と右脳が刺激された今回の小さな小さな旅。

(数カ月かかりましたが)

「歯数の罠」を忘れるなと、肝に銘じました。



最後に【おまけ】です。

私はこの小さな研究(ともいえない程度)により、

アリストテレスとは気が合わないと感じましたが(笑)

それでも気づきをくれたお礼としまして

彼の名言を紹介させてほしいと思います。


勇気は人間の第一の資質である。
なぜなら、他の資質の土台となる資質であるから。

自己とは自分にとって最良の友人である。


人は物事を繰り返す存在である。
従って、優秀さとは行動によって得られる物ではない。
習慣になっていなければならないのだ。


偉大な哲学者に物申す勇気がある(笑)?

ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。


ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
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「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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「やる気とは、にもかかわらず動くこと」


2019.8.20

「ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと」

これはドイツの有名なことわざです。


著書『「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと』

4章「よきリーダーは威厳より笑顔を大切にする」でも紹介しました。


さて、さきほどジムの帰り道、

そのことわざをアレンジした言葉が浮かびました。


「やる気とは、にもかかわらず動くこと」


何度行っても、ジムに行くのはいまだに面倒です~。

毎度、いかにサボるかを、考えてしまうんです~。


でも、それでも行けば気持ちが付いてくるし、

帰り道は、明日も行こう!って思うんですよね。


(誰でもそうだと思いますが)代わりのいない仕事を

している立場としては体力づくりは仕事のうちですし、

気持ちづくりにもつながる気がするんです。



(これは目指していません)


(これも違います)



ところがです、

「明日も行く」という気持ちは1日も続かないので(笑)

次に行くときも、「さぼりたい」という気持ちを無視して、

「にもかかわらず動く」のです。


他人の気持ちを無視するのはNGですが、

自分の気持ちを無視するのは許されますものね。

しかも、自分のためになることですから。


気持ちは大切に違いありません。

私は人一倍、それを大切に感じているし、

本にもそう書いています。


ただ、

笑うとか、健康のために動くとか、外に出ていくとか、

新しい世界に飛び込んでみるとか、

いいことなのに気持ちが先立たない場合は、


気持ちを無視して、

にもかかわらずやってしまえ~、です。


気持ちを待っていたら、

永遠にそのときは来ないかも、ですよ?


にもかかわらず行っているジムは

今日で36回になりました。


えらい(笑)


こういうブログを書くことで、

「にもかかわらず行かないと!」

という状況をつくっています(笑)

おー


瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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顧客満足を生み出す仕組み―この18社に見つけた!
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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有料配信します「人間力アップセミナー」の動画をチェック


2019.8.19

先月、初回を行った、

トークショー形式の「人間力アップセミナー」。

その動画をチェックしました。





ゲストの日本電鍍工業・伊藤麻美さんのお陰で、

自分で観てもかなり面白くて、そして深く、

有意義な内容だと思えます。

有料販売となりますが来週にはアップできる予定です。













「Music by Reiko Setogawa」

と入っているのもちょっとうれしい♪

サンバ調の明るい曲です。






アップされたら、また紹介させていただきます!


ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。




私をいじめた小学校の先生に勝ったあの日(後編)


小学校のO先生にはいじめられましたが、

いろいろ教訓を得た私でした。その前編はこちら↓

https://76653926.at.webry.info/201908/article_6.html



ここからは後編です。


時は流れて、私は23歳。

あのときのO先生とさほど変わらない歳になりました。

エレクトーンの先生になっていた私は、

勉強のために先生友達と他教室の発表会を見に行きました。


その帰り道、


「!」 ……息が止まりました。


なんと! 信じられない!

あのO先生が目の前を歩いているではないですか。

横を向いたり、後ろの人に話しかけたりしているので

顔はばっちり見えます。

あいかわらず意地悪そう()

間違いありません。

子供の発表会に付きそって来ていたのです。





私は友達との会話なんてうわの空、

目はO先生に釘付けです。


たちまち小学校の思い出がよみがえり、

怒りがふつふつとわいてきました。

子どもだった私に、よくもあんなことを。

もう、怒りでいっぱいです。


そうだ。

いまから走って先生の前に立ちはだかり、

私を憶えていますか!? と言う。

そして、何をしてくれたか、

一緒に歩いている人の前で言ってやるんだ。

恥をかかせてやろう。

あなたの子供が同じ目に遭ったら、どう思う?

そう言って先生を問い詰める。


後ろ姿に焦点を合わせてシミュレーションしていると、

心臓は、ドキドキを超えて、バクバクしてきます。


でも、こんなチャンスは二度とない。


行こう。


ほんとに行くの?


さあ、行くならいま!


ほんとに?


行くったら行く!


と、一人内紛が起きていたそのときです。



「おかあさーーん!」



一人の男の子が後ろから走ってきました。


O先生の子供のようです。



当時の私よりも小さい、何も知らない男の子。

お母さんに駆け寄って、うれしそうにじゃれています。


その様子をしばらくじーっと眺めていました。



そっか…、

私にとってはにくらしい先生だけど、

あの子にとっては、大好きなお母さんなんだ…。



そして、悟りました。



「だめだ。あの子を傷つけることはできない」



子供の目の前でO先生をなじったら、

ものすごい復讐になります。

うらみが晴らせて、すかっとするかもしれません。


だけどそんなことをしたら、

私は、自分のしたことを一生ゆるせないと思った。


だって私は、

大人に傷つけられる子供の悲しみを知っているんだから。



小さな男の子の「おかあさーん」は、

噴火しかかっていた私の中のマグマを沈めました。



加害者の十字架を背負わずに済んだ。

あれは、神さまのはからいだったのかも…。



自分の意思で「やらない」と決めたとたん、

怒りがすーっと、おさまっていくのを感じました。


どこか、ほっとする自分もいたかな。



そして、

遠くなっていく先生の後ろ姿を眺めながら

はっきりと思ったのです。


「 私、 先生に勝った」。


「自分に勝った」と、言うほうが立派でしょうが、

そこまでかっこよくはなれませんでした。


あなたは小学校の先生でありながら、

感情にまかせて子供の私を傷つけた。

一方、エレクトーンの先生である私は、

自分の意思で、復讐の輪廻を止めた。


だから、私は先生に勝った。


それを、誇らしく思えた。



いま、私は思います。

世の中には理不尽なことがあるけれど、

たとえ降りかかってきても

自分はそういう世界に染まらずに生きよう。



嫌な奴に優しくしなくていい。

嫌な奴と仲良くしなくていい。


嫌なことをされたら、

嫌だ、不愉快だ、と言ったほうがいい。


ただ、嫌な奴に、卑怯な復讐をしてしまうと、

自分で自分の良心を傷付けてしまう。


これでは何の意味もない。

意味がないばかりか、大損です。

これでは自分を大切にしていることにならない。


だから、

嫌な奴のためではなく、

自分のために卑怯なことはやめよう。


「自分を大切にする」とは、

自分の良心を汚さず、命を守るということ。

そこをよく考えて、行動しよう。

決して、ただ耐えるということではなく。


もし、嫌な奴が現れたら、

「自分を大切にする」ことによって相手に勝つんだ。



人は幸せになるために生きているのだし、

良心を汚して幸せにはなれないのだから。

瀬戸川礼子でした。


 【当ブログの夏休み特集 記事です】

① 吃音だったあの頃 ~いまも隠れ吃音です~

https://76653926.at.webry.info/201908/article_3.html

② 廊下に立たされたあの日

https://76653926.at.webry.info/201908/article_4.html

③ 私をいじめた小学校の先生に勝った瞬間

https://76653926.at.webry.info/201908/article_6.html


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと




私をいじめた小学校の先生に勝ったあの日(前編)



こんにちは。これを書いている今は8月、

子どもたちは夏休みですね。

学校に行かなくて済む、と

ほっとしている人もいるでしょうか。


私もそんな気持ちになったことがあります。

役立てるか分からないけれど

そこから得た思いをつづってみようと思います。


4のときにいじめっ子に好かれてしまい、

その裏返しでいじめられた話は前にブログで書きました。

https://76653926.at.webry.info/201709/article_2.html



実は、同じ時期、

担任の先生からもいじめられていたんです。

いや~、二重苦。


いじめって、子供同士がするものとは限らず、

先生が生徒をいじめる場合もありますよね。

あってはならないけれど、今でも、現実、ありますよね。

胸が痛いです。


わたしをいじめたその人は、

小学3年と4年で担任だったO先生です。

新任ではなかったから、25歳くらいかな。

きつい目をした、意地悪な女の先生でした。


私は幼稚園のころから、女の先生にも、男の先生にも、

たくさんの先生にかわいがってもらいました。

けれど、O先生にはにくまれました。


もしかして、かわいすぎちゃったのかな(笑)

ブログに書ききれないくらい、いじめられました。


エネルギーがあまっている私は、目立ってしまいます。

でも、それが私だから、何がいけないのか分かりません。

いま思えば、「いい子」が好きなO先生は、

私のようにぴょんぴょんしている子はどうすればいいか分からず、

それがプライドにさわって、怒りに転じたのでしょう。


思い出すことはほとんどないですが、

いちばんひどかったなと思うのは、

あの、人を蔑(さげす)むような目…。

きたないものを見るような目でいつも見られたんですよね。


あれは本当にしてはいけないことだと思います。


O先生のことを書くと、どうしても話が暗くなるんですが、

いまから書いていく出来事は、

学校生活の全体ではなく、部分的な話です。

友だちとはよく遊び、よく笑い、楽しいことも多かったです。

守ってくれる人もいました。

なので私のことは心配しないで読み進めてほしいです。


【給食の話】

私の通った小学校では、

給食の後の昼休みに、教室をそうじするのが日課でした。

机といすをだーっと後ろにまとめ、

日直がほうきをかけます。


そんなほこりだらけの教室の、机と机の間にはさまって、

私はほぼ毎日、一人残って、食べきれない給食を食べました。

好き嫌いではなく、小さくて細かったからお腹がいっぱいなんです。

でも、全部食べないと校庭で遊ばせてもらえませんでした。


あ!

好き嫌いが一つだけありました。

真空パックのオムレツ。

あれだけはホント無理だった…(笑)


あのころは、食べられない私が悪いと思っていましたが、

いまはそうではないことが分かります。

子どもの気持ちを置き去りにして、不衛生な場所で、

無理矢理 食べさせるほうが悪いです。


ある日、帰宅して母に学校の話をしていたとき、

ついでに給食で居残りしていることを言いました。

子供にもプライドがあるし、心配もかけたくないので

親にはかっこ悪い話をしたくなかったけれど、

勇気を持って話したんです。


母は、「まあ」と、驚きながら聞いていました。




翌日だったか、2日後だったかな。

私はまた給食が食べきれず、

ほこりだらけの教室に残っていました。


すると、O先生が例のまなざしで私を見下ろし、

「食べなくていいから片付けなさい」と言うのです。


「え?」 私はきょとんとし、

「そんなら良かった」ってぇことで、

先生の気が変わらぬうちに

食器を片付けて、校庭に逃げました!





家に帰ってから、「今日ね!」と母に話しました。

うんうんと、うなずく母。

そこで、種明かしされました。


母は、私の話を聞いて「とんでもない」と思い、

こっそり学校に行って、

O先生に直談判してくれたのです。


先生は、「しつけだ」みたいなことを言ったそうですが、

母は、「しつけはうちでやりますから、ほっといてください」

と、言ってくれたと聞きました。


学校の昼休みなのに、ほこりだらけの教室で

礼子だけ残りを食べさせて遊ばせないなんて

とんでもないと思ったのよ、

と、ちょっと怒っている母を、

私はどれだけ頼もしく思ったことか。


この日から、給食が食べきれなくても

昼休みは普通に遊べるようになりました。


「我慢しなさい」という親じゃなくて本当に助かった。


その後の人生にとっても、大事な場面だったと思います。



こういう話って、子供は親に言いにくいけれど、

どうか勇気を持って言ってほしいです。

嫌なんだということを、はっきり伝えましょう。


万が一、親がそれに対して無関心だったら、

図書館とか塾とか、ほかの大人にも相談してみてほしいです。

子どものするどい嗅覚(きゅうかく)を使って、

聞いてくれそうな大人を嗅(か)ぎ当ててほしいです。



さてその後、O先生は産休になり、新しい先生が来ました。

私は、名誉挽回(めいよばんかい)だと思いましたが、

新しい先生には、「ちゃんと」私のことが引き継がれていました。


理科の時間に私が何かの液体をこぼしてしまったとき、

「だから礼子ちゃんはダメなんだと、O先生から聞いていた」と

新しい先生は、みんなの前で言いました。



だけど、子供って本当に健気な生き物で、

いまならこっちから願い下げだけれど、

子供の私は、それでも2人の先生に好かれたかった。


新しい先生も産休に入ることになったので、

私はマイメロディの絵を書いて新しい先生に贈ったし、

5年生に進級してO先生が担任じゃなくなっても、

食べられなかった真空パックのオムレツを

我慢してぜんぶ食べられたとき、


ちょうど下駄箱のところでO先生に会ったので、

「今日、オムレツ全部、食べられたよ!」と、言いました。


喜んでくれるかなと思ったけれど、

O先生は、「あっそ」 と言っただけでした。

横に立っていたほかの先生が、

「もうちょっと何か言ってあげたら」

と、助け船を出してくれましたが、

「いいのよ」と、O先生は面倒くさそうにそっぽを向きました。


なんか、かわいそうな感じになっていますが、

書いていてもまったく悲しくないので、心配無用ですよ。

とっくに乗り越えているんです。


むしろ、

* 大人って、みんなが本物の大人ってわけじゃないこと。

* 頭のよさと心のよさは別だということ。

* いばるやつは、だれであろうと嫌なやつだということ。

* 嫌なやつに好かれようなんて、二度としないということ。

* 助けてくれる人が一人でもいたら救われるということ。

* へこたれないということ。


そして何よりも、


* ああいう大人にはぜったいにならないということ。


小学生のうちから、

ここまで明確に言語化できていたわけではないのですが、

漠然とこうしたことを実感しました。


私は、本ではなく実体験で、こうした教訓を得られたんです。


学歴や職歴や技術力を上げるのもいいけれど、

人間力を高めずして何の意味があるんだ。

誰もそんな人にはついていかないし、幸せじゃない。

そんな思いがあります。



月日は流れ――、

23歳のある秋のことです。


なんと、あのO先生が、突然、目の前に現れたのです。


もう、びっっっっくり!


長くなったので、いったんここで切りますね。

続きはこちら(後編)へどうぞ ↓ 



ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと



74年目の終戦記念日に思う


2019.8.15

実家で迎えた74年目の終戦記念日。

たわいもない話をいろいろ喋って、

面白い話に笑い、

たくさん食べて、

一緒にテレビを見て、

一日が終わりました。


空に伸びる庭のムクゲがきれいだった。





忘れてしまうような、

平凡で平和な一日を愛しく思います。

そして、この平和を守る責任も感じます。




こちらは翌日16日の青山通り。

空からのギフト.。*☆+.*.。☆゚+..。*゚+



みなさま、楽しい夏を♪


瀬戸川礼子でした。






廊下に立たされたあの日 ~解釈をしない強さ~



誰かにとっては楽しい体験が、

誰かにとっては悲しい体験だったり、


誰かにとっては辛い体験が、

誰かにとっては愉快な体験だったりします。


同じ物事でも、とらえ方で別のものに変わりますね。


小学2年生のときに廊下に立たされた経験は、そんな一つ。

先生は罰を与えたつもりですが、

受けた私にとっては、今でもときめくいい思い出なんです。





何をやらかしたのか、当時から分かっていないけれど(笑)

ある日の授業中、先生に

「礼子ちゃん、廊下に立ってなさい」と言われまして、

仕方ないので、廊下に出ました。


可笑しいのは、出ていく間の短い道中、

「廊下か~。古いな」って思ったんですよね(笑)。

当時、もうすでに、古臭い罰だったんです。


で、廊下に出た私が真っ先に思ったのは、

「あれ?バケツがない」でした。

テレビや漫画の主人公が廊下に立たされる場面では、

その子をさらに懲らしめるために、

水の入った重いバケツを両手に持って立たせます。

でも、ここにはバケツがない。

これじゃあ絵にならない。


まあ、先生も詰めが甘いですよね(笑)。


それならいいやと、私は気持ちを切り替えまして、

「廊下に立つ」をやってみることにしました。

恥ずかしくも悲しくもなく、

状況の「珍しさ」に、ただ惹かれました。



授業中、廊下に立たされたことがない人は、

授業中の廊下がどれだけ静かか知らないでしょう?

私はね、知っているんですよ。

ふっふっふ。



教室の中に何十人も子供たちがいるのに、

ドア一枚隔てた廊下は、しーんと静まりかえっている。

差し込む光に、リノリウムの廊下がてらてら光っている。

毎日、歩いているのに、知らない空間がここにある。

私だけがワープした、秘密の次元。



好奇心いっぱいでその世界に浸っていたら、

上の階段から、別の学年の先生がトントンと降りてきました。


立たされている私に気づいて、一瞬、目を丸くしてから、

「ははーん」って感じで、にやっと笑ったので、

私も、にやっと笑い返した。


その先生はそのまま1階に下りて行ったけど、

なんだか共犯者ができたような気がした。


このまま秘密の世界に浸っていたかったのに、

あっけなくチャイムが鳴り、現実に引き戻されてしまった。


「また廊下に立ちたいな」と、密かに願ったけれど、

あれが、最初で最後だった。


.。*☆+.*.。☆゚+..。*゚+


大人になって、私は考えてみました。

なぜ、楽しめたのか?


理由の一つは、「解釈をしなかった」からです。


つまり、

廊下に立たされた私はだめな子だ。

廊下に立たされた私は馬鹿にされる。

そういう、「○○だから○○だ」という解釈をしなかった。


なんか知らんけど、「立ってなさい」と言われたから

廊下に立った。それが面白かった。 実にシンプル。


あと、いま書いていて、思い出しました。

「子供を廊下に立たせるなんて、先生も大人気ない」って、

2年生の私はなまいきにも思ったんだった(笑)。


これは、上から目線かな? 

子どもだから、下から目線かな?


社会に出て、エレクトーン講師として子供たちに

毎日、接していたときも思いました。

「すべての子どもは、驚くほど冷静な目を持っている」と。

子供はすごい。あなどってはいかんですね。


ちょっと脱線しましたが、

廊下に立たされても面白がれた理由の一つは、

解釈をしなかったからであり、

あとは好奇心の強さもあるだろうけれど、

もっと深く、心の土台にあったのは

「自己肯定感」だろうと思います。

これは、親に感謝するしかありません。


なので、逆に言うと、自己肯定感が低い子に

一人で廊下に立たせるのはダメだと思う。

そして、自己肯定感の高い低いは見て判断できないから、

結論としては、たぶんどの子にもしないほうがいい。


こんな罰を与えなくても(私にはご褒美だったけど)、

気づかせたいことに気づいてもらう方法はいくらでもあります。

一人一人をじっくり観察して、

しっかり愛して、しっかり心で抱きしめて、

どうすれば気づいてもらえるかを考え抜く。

そのプロセスと実践が大事なのだろうなー。



話は戻りますが、

面白いもので、廊下に立たされても私が平気だったので、

教室の誰も私をからかいませんでした。

こっちは「自慢」くらいに思っているんだから、

からかい甲斐がないですもんね(笑)



大人になって思い出すと、

廊下に立たされた小さな冒険には、

いろいろな学びが隠されていました。


しかし、あの廊下はすてきだったな~。


あの子がこんなに大きくなって!と、

自分で自分のことを思うと笑えます。

そして、あの子に恥じない生き方をしなきゃ、と思います。


あなたにも子供時代の素敵な思い出、ありますか?



子どもの気持ちを忘れないでいたい

ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。




① 吃音だったあの頃 ~いまも隠れ吃音です~

https://76653926.at.webry.info/201908/article_3.html


② 廊下に立たされたあの日

https://76653926.at.webry.info/201908/article_4.html


③ 私をいじめた小学校の先生に勝った瞬間

https://76653926.at.webry.info/201908/article_6.html


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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おもてなしの原点 女将さんのこころ その一
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吃音だったあの頃 ~いまも隠れ吃音です~


全国の子どもたちは夏休み真っ盛りですね。

私の子ども時代はずいぶん遠くなりましたが、

今もはっきり覚えている思い出がいくつもあります。




そんなわけで、当ブログ「きれいごとでいこう!」では

夏休み特集「私の子ども時代」をお送りします


吃音だったあの頃 ~いまも隠れ吃音です~

https://76653926.at.webry.info/201908/article_3.html


廊下に立たされたあの日

https://76653926.at.webry.info/201908/article_4.html


私をいじめた小学校の先生に勝った瞬間

https://76653926.at.webry.info/201908/article_6.html


今回は 吃音だったあの頃 から。


.。* ☆+ .*. +.. * + .* ☆ + .*. +.. *


私は、気づいたときにはすでに吃音で、

症状は小学5年生くらいまで続きました。


大人の今も、症状は少し残っています。

実は、講演中、研修中、打ち合わせ中などなど、

突然、声が出なくなることもあるんです。

でも、気にしていないし、だぶん誰にも気づかれていません。

気づかれないテクニックがございます♪ あとで書きます。


「吃音」(きつおん)は、昔は 「どもり」と言いましたが、

今は差別用語らしいので「吃音」で話を進めます。


吃音は原因不明。昔から世界各国に見られる症状です。

マリリン・モンローもそうだったとか。

つまり、私は、モンローと同類なのでございます。

↑ 覚えておいていただければと


吃音界で最も有名な人といえば、

イギリスのジョージ6世でしょう。

エリザベス女王のお父さんです。

『英国王のスピーチ』(2010年)という映画にもなって、

コリン・ファースは主演男優賞を受賞しました。

映画館で観たときは、痛いほどわかるのでドキドキしましたが、

とてもいい映画でした。


吃音には3つのタイプがあります。

下記は、日本吃音臨床研究会のHPより抜粋

http://kituonkenkyu.org/0002_001_01.html


1.連発(語音・音節の繰り返し)

「タタタタマゴ」のように音を繰り返す。


2.伸発(引き伸ばし)

「タ-マゴ」のように音を引き伸ばす。


3.難発(ブロック)

「・・・・・・タマゴ」のように音がつまって出てこない。


私は3の難発タイプなので、難発サイドの話で進めます。


難発は、最初の音が出せなくなる症状です。

私の症状は軽かったので、ならない日もありましたが、

意図的に気にしないようにしていたから、

「大丈夫だった」という記憶にすり替えているのかもしれません。

ただ、軽度は軽度でした。


この、難発タイプは、最初の音さえ出れば、

あとはスラ~っと言葉が出てきます。

肝心なのは最初の一音が出るか出ないか。


私の場合、

「か・き・く・け・こ」は、力が入って出し難かったですが、

ふわっとした「は」や「ふ」が出せないこともありました。

結局、どの音も、出せないときは出せないのです。


出せない音はそのときどきで変わり、制御不能です。

自分ではどうしようもありません。努力も無駄です。

努力すればするほど、どつぼにはまってしまうんです。


なので、症状を受け入れた「う回路 作戦」を取っています。


りんごの「り」が出せない! となったら

「り」はさっさと捨てて、

「アップル」とふざけて言ったり、

ブランコの「ブ」が出せない! となったら、

「ブ」に執着しないで

「あの揺れてるやつ」と言いかえる。


瞬時に言葉のう回路を探し、

行き止まりから抜け出す術を身につけました。


吃音のお陰で、

機転や開き直り力や語彙を培えたかもしれません()


このように、難発タイプは、

誤魔化しやすいのが最大の利点です。

一方、ゆえに症状が理解されにくい難点

持ち合わせています。


吃音のピークは小学校時代だったので、

やっかいだったのは国語の授業でした。

教科書の音読は誤魔化しがきかないからです。


しかも、お調子者の私ったら、

「読んでくれる人~?」

「は~い!」

という一連の流れのとき、

「今日は読めないかも」と感づいているのに、

みんなと一緒に手を挙げちゃったりします。



で、そういうときに限って

「はい、礼子ちゃん」 と、当てられてしまう。



とりあえず、礼子ちゃんは平気なふりで、

「はい」と、立ち上がってみせます。


すると、奇跡的に最初の音が出て、

事なきを得ることもありました。


ところが、というか、やっぱりというか、

まったく音が出せないお手上げの時もありました。


そういうときは、黙って立ちすくむしかなく、

先生やみんなを混乱させることになります。


日常では誤魔化せているため、

誰も私の吃音に気付いていないからです。


それに、

私はとっても活発な女の子だったので

突然、黙りこくる私を、誰も理解できません。

教室はざわざわ、騒然とします。


でも、私だって仕方なかったんだもん。


そういうときは、甘んじて先生に怒られ、

男の子たちの嘲笑を全身に浴びました。

女の子たちは心配そうに私を見ていました。


こんな場面を何度か体験しても、不登校とは無縁でした。

繊細な私、デリケートな私、ではございますが♡、

「不幸に鈍感」みたいな部分も内包しておりまして、

この程度じゃ凹みませんでした。

そもそも自分で手を挙げちゃったんだし。


吃音だったけれど、音読が好きでした。

家でも一人でよくやっていたんです。

語彙が豊富な日本語って素晴らしいですよね。


だからそういう目に遭っても、

やっぱりまた手を挙げてしまう、

能天気な礼子ちゃんなのでした。


そしてついに、

音読用の “世紀のテクニック”(?)を開発しました!

国語の時間、読み始めの音が出せないとき、

黙って立ちすくむのは、もうや~めた。


間違ったふりで最初の音を読み飛ばし、

出せる音から読み始めちゃうという、

まことに画期的な方法を編み出したのであります。


先生も教室のみんなも、

「はじめから読みなさい」とか、「そこじゃない」とか

やいやい言うけど

聞こえない、聞こえない。

そのまま知らんふりで読み進めます。


追い詰められた人っていうのは強いんですよ。

だって、やるしかないんだから。




そんな風に、適当に、吃音サバイバーしていたら、

いつの間にか、症状はほぼ消えていました。

5のある日、

「あれ?そういえば出なくなっているな」

と気付きました。


とはいえ、症状は今も少し残っています。

前述のように、下手すると講演中に出たりします。

(あ~、来た来た、音が出せないよ~・・・)

でも、大丈夫。

パパっと、う回路を探すので。


「社員」と言いたいけど「しゃ」の音が出せないときは、

「働く人」と言いかえればいいし、

「気づきがある」と言いたいけど「き」が出せなければ、

「発見がある」とか言えばいい。


面白いことに、多少、言葉が詰まっても、

「お話の間(ま)が心地よく、言葉が響きました」

なんてアンケートに書いてくださったりするのです。

うれしいじゃないですか!😊



私の吃音がほぼ治まった要因は3つありそうです。


 自然現象

   幼少期に始まった吃音の7割は自然に消えます。

   たまたま私もそこに入りました。


 本人が悩まないようにした

   厳密に言うと少しは悩みましたが、

   「大したことじゃない」という思いが土台にありました。

   本能的に「吃音で悩むのは危険だ」と察したので、

   (かえって治らなくなりそうだから)

   「将来もこのままだったらどうしよう」など、

   まだ起きていないことは考えないようにしました。

   精神的に自分を追い詰めなかったのは大きかったです。


 親が悩む姿を見せなかった

   母が軽い吃音なので、「自分のせいで」と思うことは

   あったのかもしれないけれど、そういう姿を私には

   見せませんでした。これはホント有り難かった。

   また、病院に連れて行かれることもなかったので、

   それがの「大したことじゃない」の証拠になりました。 


  ただし、専門の病院・クリニックで緩和するケースも

   あると思うので上記はあくまでも私の場合です。



軽度だから言えるのかもしれませんが、

吃音を経験して良かったのは、先に挙げたように

「開き直り力」「う回路を探す力」「語彙力」を

多少は養えたことです。


あと、物事をいちいち不安に思わない訓練も、

知らず知らずしていたのかもしれません。


また、なかなか理解してもらいにくい吃音の人の状態を

肌で理解できることも挙げられます。


前職で何度か、激しい吃音の方(読者)から

問い合わせの電話が入りました。

私以外の人は対応を嫌がるというか、怖がるので、

全部、私に回ってくるんですけど、

同類としてはウェルカムだったし、

この状態で電話をしてくる勇気に感服していました。


普段も、たとえば誰かと2人でいて、

まれに、会話が続かずシーンとなっても平気です。

言葉が出せない状態を知っているから、

相手が吃音じゃなくても、

無理にしゃべらなくていいですよって思う。



吃音は世界的に人口の1%ほどいるんだそうです。

日本なら123万人いる計算です。

私のように「隠れ吃音」 は含まれるのかな?

この人数に含まれていないとすると、

本当はもっと多いと思います。


吃音の人は、それぞれがいろいろ考えていると思うので、

自らは開き直り、世間は寛容になっていけばいいですよねと思うし、


また、「吃音じゃない人」 に伝えたいのは、

喋り方が変わっていても、

いいでしょ別に♡ ということです。

言葉に詰まるって、誰にでもあることです。

吃音は、それがちょっと強くて特徴的。

どうか怪訝な顔をしないで、普通に耳を傾けてほしいです。

世の中の吃音の人の中には、

外出するのが辛かったり、友達がつくれなかったりする人も

いるそうです。


見た目では分からないから、

変な人だと思われることもあると思います。


でも、自分では本当にコントロールできないんです。

仕方ないんです。

人の目が冷たくなると、焦って余計に喋りにくいです。


そういうものだと、そのまま受け止めてほしいなあ。

大事なのは顔なんです。親切な表情で聞いてほしいです。


最後はお願いごとになりました。

隠れ吃音でセミナー講師の瀬戸川礼子でした。


「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!



『帝国タイムス』の連載5回目 ~失敗は挑戦者の権利だ~


2019.8.7

『帝国タイムス』(帝国データバンク刊)の

連載「事例で見るよきリーダーの心得」

5回目となりました。




前回と今回は、

未来工業の山田雅裕さんのインタビューをもとに、

父で創業者の山田昭男さんの言葉

「失敗は隠せよ」に焦点を当てています。


人間の深層心理を踏まえた上での、

この言葉の真意とは?

(本当に『隠せ』と言っているわけではないです)



そして今回はもう一人、

ホワイト企業大賞委員長で

元ソニー上席常務の天外伺朗さんにも登場いただき、

当時のソニーで言われていた

「失敗は闇から闇へ葬れ」についても、

その意図を紹介しています

(こちらも誤魔化すという意味ではなく、

ものづくりの気概が込められています)。




「〜をしてはいけない」「〜をしなければならない」は、

正論だったりするけれど、

萎縮につながっていませんか?

失敗しないで成長した人っているんですか?

という問いかけの回です。


失敗が許されない場面もあるだろうけれど、

それでもあえて、

失敗は挑戦者の権利だ、と。


帝国タイムスは自社データが豊富なので、

トップニュースも興味深いです。

ご購読はこちらでーす^ ^
https://www.tdb.co.jp/lineup/publish/times.html


ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。


「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと




トークショー形式の「人間力アップセミナー」(ゲスト:日本電鍍工業・伊藤麻美さん)無事終了しました。


2019.7.30

トークショー形式の「人間力アップセミナー」は、

最強の人間力=愛と勇気があふれる素晴らしい場となりました。






ゲストの日本電鍍工業・伊藤麻美さん

https://www.nihondento.com/

主催のまなつくさん、

そして来てくれなければ成立しなかったご参加のみなさま、

本当にありがとうございます。


都内や関東圏をはじめ、

沖縄から友だちが、長野から女将さんが、

静岡や福井からご縁のある方が参加してくれ、

胸がいっぱいです。




カリフォルニアで宝石鑑定士と鑑別士を取得した麻美さんは、

世界ブランド・カルティエの社長から、

直接、入社を勧められていましたが、

夢の扉に入ることはありませんでした。


れ:「すぐ手の届くところにある夢をあきらめるという選択は、

私なら最も辛いと思う。アメリカから会社に駆け付けた際、

社員さんが麻美さんを喜んで迎えたわけでもない。

会社を畳む選択肢もあった。なぜ夢の扉を閉めることができた?」


ま:「もっと大切なものを見つけたから」


それは、借金10億円、社員48人で平均年齢59歳の会社でした。

亡き父が創業し、後継した社員の失敗で倒産しかけていました。

会社の資産として入っていた実家は競売にかけられ、

親の遺産はなし、経営は素人という状況でしたが、

麻美さんはこの道を選びます。


それはなぜなのか? 

ここから、笑いや驚きや共感や唸りの2時間半が流れました。




最後に10の質問を投げかけました。

そのうちの一つは――、


れ:「幸せを感じるのはどんなとき?」


ま:「いつも」


麻美さんとのトークショーは、

愛と勇気に満ちたすがすがしいものでした。

後日、有料動画配信の予定です。



~  ~  ~


トークショー&動画配信のアイデアは、

実は7年前からありました。

ビデオカメラも買いました。

でも、忙しいとか理由をつけて、やりませんでした。


本当は…、怖かったんです。


この気持ちに気づくまで何年もかかりました。


トークショー&動画は、どうしてもやりたいことであり、

私もゲストと一緒に露出するものであり、

誰に頼まれたわけでもありません。

だから、この企画が見向きもされなかったら、

「あなたには価値がない」と言われているのと同じで、

ひどく傷つきます。

だからそうならないように、

「いつかはやる」と思い続けることで、

夢と希望を守っていたのです。

意味のない安全地帯で。


でも、いろいろな経験や出会いやタイミングを経て、

とうとう、怖い世界に飛び込むことができました。

飛び込んでみたら、怖くなかった。

というよりも、楽しかった! 


昨日あの場に来てくれた方々や

応援してくれた方々のお陰なのです。



うれしいアンケート結果となりました。

「来てよかった 100%」

「また来てみたい90%」(ゲストによって)



https://manatuku.com/trainers/398/packages/1010



私はこれをシリーズ化したい。

人間力や生き方を一緒に、

トーク(対話)という形を通して楽しく考える機会は、

世の中に必要だって本当に思っているんです。


今度は、これを継続するというハードルが待っていて、

それも結構、怖いのですが、

昨日、たくさんの愛と勇気をもらったから、大丈夫。


「いいかい、

怖ければ怖いほど、

逆にそこに飛び込むんだ」(by岡本太郎)


第二弾をまた企画します。

ぜひお越しください!


安堵と感謝でいっぱいの瀬戸川礼子でした!



↓ こちら私の本にも伊藤麻美さんをご紹介しています。

「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと
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↓ こちらの失敗学の中にも成功事例として日本電鍍工業を紹介しています。

「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する!
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顧客満足を生み出す仕組み―この18社に見つけた!
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おもてなしの原点 女将さんのこころ その一
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