日本航空123便墜落事故に思う ~人生の最後に何を願うか~



今日は、日本航空123便墜落事故が起きた日です。

その現場から、複数の遺書が見つかっています。

・  ・  ・


35年前の1985年8月12日、

ボーイング747型が

群馬県・上野村の山中に墜落し、

乗員乗客524人のうち、520人が亡くなりました。



ニュースを画面越しに見ていた私にも

大変な衝撃が伝わってきました。

記憶されている方がきっと多いと思います。


・  ・  ・


あれから何年もの時を経たある日、

ネットにアップされていた遺書を見ました。



下記は、河口博次さん(当時52歳、商船会社支店長)が

墜落前に家族に宛てた遺書です。

※顔写真が追加されているので、新聞に掲載されたもののようです。
 出典を掲載すべきですがわかりませんでした。
 





マリコ
津應
千代子
どうか仲良く
がんばって
ママをたすけて下さい

パパは本当に残念だ
きっと助かるまい

原因は分からない
今5分たった

もう飛行機には乗りたくない
どうか神様
助けて下さい

きのうみんなと食事したのは
最后とは

何か機内で爆発したような形で
煙が出て

降下しだした
どこえどうなるのか
津慶しっかりた(の)んだぞ

ママ こんなことになるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今6時半だ

飛行機は
まわりながら
急速に下降中だ

本当に今迄は幸せな人生だった
と感謝している



上記の遺書が書かれた河口さんの手帳(日経新聞ネットより)



突如、覚悟させられた人生の終焉を前に、

「幸せな人生だったと感謝している」と遺されたのです。





死ぬかもしれないという極限状態にあり、

猛烈に揺れたであろう機内の中で、

必死に遺書を書き残された方々が

ほかにもいらっしゃいます。


「元気でね」

「幸せに暮らしてください」

「子供をよろしく頼む」

「しっかり生きろ 立派になれ」


短い文面の中に、

愛する人の名前と、自分の名前。

最後の想いを振り絞って書かれています。

共通しているのは、

ただ幸せでいてほしい

ただ元気でいてほしい

ただ立派に生きていってほしい

という「願い」です。

「愛」と言ったほうが近いかもしれません。



もっといい成績を取れとか、

誰それに負けるなとか、

何かと比べた条件は書かれていませんでした。




「怖い 怖い 怖い 助けて 

死にたくない 気持ちも悪い」と

書かれた若い女性の遺書も見つかりました。

恐怖と戦ったんでしょうね…。



愛する人の手に渡る前に、

燃えてしまった遺書も多数あることでしょう。



一人の命はすでに重いです。

520人が亡くなったこの事故の痛ましさは

あまりに大きく、想像をはるかに超えています。



心からご冥福をお祈り申し上げます。



・  ・  ・



人生があと何日残っているのか、

誰にも分かりません。

でも、「人生の最後に何を願うか」

を想像することはできます。



貴重な遺書を改めて読ませてもらい、

何を願うだろう…、と思いを馳せました。


合掌。


瀬戸川礼子でした。




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