ダイバーシティとモノカルチャーのブログを書いて10年後のいま


こんばんは。猛暑でしたね☀

さて今日のテーマは、

「ダイバーシティとモノカルチャーの

ブログを書いて10年後のいま」です。


10年前の2010年、

私はこの2つの言葉について

ブログを書きました。




ダイバーシティは多様性のこと、

モノカルチャーは単一栽培のこと。

相反するような言葉で、

当時、日本ではまだ浸透していない言葉でした。


10年の時が過ぎ…、
モノカルチャーは今も使われませんが

ダイバーシティは使われるようになりました。


ただ、
ダイバーシティ=多様性」という

カタカナ言葉の理解は進んだ一方で、

肝心な言葉の真意は、

「性別や年齢や国籍がまじっていれば

いいんでしょ」という程度のようです。


私は思うのですが、それらも大事だけれど、

多様性で最も大事なのは

「異なる価値観」を受容することでは?


島国根性と言われる日本では、

「昔からこうだった」「前例がない」が大好き。

異なる価値観を排除することに全力を出してきました。


例えば、「夫婦別姓を認めない」もそれです。

別姓にすると家庭が壊れてしまうと

信じ込んでいる人が大勢いる(笑)。

先進国で唯一、夫婦別姓を認めない日本です。

でも、江戸より昔の日本はずっと別姓だったんですよ?

このように、凝り固まった価値観は根深くて、

ダイバーシティはまだまだ始まったばかりです。



今は、古臭い価値観を持っている人たちが

政府の中にたくさんいますし、

困ったことにそれを支持する人も大勢います。

そういう人から見たら、

新しい価値観はわけがわからないでしょう。

実際、価値観の違うものと対峙するのは疲れます。

よって、よりよく変えようとは思えないのでしょう。



古い価値観の人は、新しい価値観の人といると疲れるし、

新しい価値観の人は、古い価値観の人といると疲れます。

どの時代もそういうものです。

だから距離を縮めるのは難しいのです。



このように考えていくと、

真のダイバーシティ(多様性)とは、

性別が半々とか、多国籍とか、

目に見えるものだけではなく、

目に見えない「心のしなやかさ」

がもたらすものだと思えてきます。



自分とは異なる価値観に対して、

拒絶して終わるのではなく、

「へ~!」「どれどれ?」と

近くに触れにいくようなイメージです。



私の場合なら、20代の人と話す機会はほぼないので、

どんな感覚を持っているのか知るために、

youtubeをいろいろ見るようにしてます。

未来の社会を担う人たちの感覚からずれていたら

伝えたいことも伝えられず、ダメだと思うからです。

なので、私個人の趣味じゃない番組でも、

研究のためにいろいろ見ています。

中には面白いものもたくさんあります!



ところで、

ダイバーシティと対立するような「モノカルチャー」という言葉。

最初聞いたときは「グッズ好きの文化?」と思ったけど違いました(笑)。

直訳は単一栽培。

転じて、単一の文化や習慣に固執しているような状態を指します。

さきほどの逆で、「異なる価値観を排除する」状態です。

現在の政府が典型ですね?



私がもう一つ強く思うのは、

ダイバーシティも大事だけれど、

古びた思想を手放さない日本では、

むしろ「モノカルチャー」の意味と、

それを貫くとどうなってしまうのかという

ことの顛末を理解しておいたほうがいい、

ということです。 

時間があったら、モノカルチャーについても

書いてある過去ブログご覧ください~(^^)


ではでは。

経営ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。

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