有楽町の思い出



こんにちは。
今日は、珍しく思い出話です。



たまたま懐かしいところを歩いたのです。
有楽町の高架下。

今は喫茶室ルノアールになっていますが、

1990年ごろかなあ。

同じ場所の、別の珈琲チェーン店で

1ヵ月だけアルバイトをしたことがあります。


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エレクトーンの先生を3月末でやめ、
6月1日からニューヨークに語学留学に行く年。


留学するまでの2カ月間、
何もしないのはもったいない。

急いでアルバイト先を探し、
1ヵ月間だけ働かせてもらえる
先を見つけました。

当時は埼玉に住んでいたので、
片道1時間超かけて通いました。


時給はたしか950円。
朝早いこともあって、
当時としてはなかなかの高時給です。
働いた時間は、1日8時間未満でしたが、
10数万円 稼げたと記憶しています。


店長さんは適当な人でした(笑)。
朝7時のオープンに間に合うよう、
私がめっちゃ早起きしてお店に着いても
店長さんは何十分も遅刻して来る。

鍵を持つのは店長さんだから、
私は外で待ちぼうけ。

まだエレクトーンの先生しか
やったことがなかった私ですが、
「社会人ってこんなもんか」って思ったのを
これを書きながら思い出してしまった。

※後にジャーナリストになってからは、
 立派な社会人に次々とお会いしてます!


携帯のない時代だから連絡もできず、
ひたすら待つしかありません。

時給で働いているのに、
タイムカードが押せないのは困るじゃないですか。
3回目には、さすがに本社に密告しました(笑)

というか、「本社に電話しちゃいましたからね」
と、前もって店長に通告しておきました。


私はひと月でいなくなるから、
そういう立場の人のほうが本社に言いやすい。
残る人も同じ目に遭わずに済みますしね。


まあ、店長さんは人柄は穏やかで、
そういうことが笑って言える雰囲気の人。
あとで、「本社に怒られちゃった~」って言ってて
みんなで笑ったんだったなあ。


ゆるいといえばゆるいんですが、
大らかと言えば大らかな時代だったなあ。


カフェオレのマシンなんてなかったから、
オーダーが入ると牛乳を別に温めないといけなくて、
キッチンに入っている人は、
「カフェオレかよ~」って嫌がってたなあ(笑)。


お客さまのため、とか
少しでも美味しい珈琲を、とか
癒しのひとときを、とか

そんなことは誰も言わなかったし、
私も含めてお金のために働いている人ばかりでした。
でも、仕事はちゃんとやるし、
カップは必ず温めておくし、
休憩時間は普通のお客さんと同化できるように
ユニフォームを隠す上着を羽織って
カウンターで休んだりして、
やることはやっているんです。

だから、
「何のために」という理念がなくても
成り立つ世界があることは分かります。


とはいえ、
せっかく働くなら、「何のために」を
持っていたほうが仕事の質が高まると思うし、
「もっといい雰囲気に」
「もっとおいしく」
「もっと働きやすく」と
日々、改善をしていく職場で働く方が、
社会人・仕事人として成長できるんじゃないか、と
何年も後になって思います。


~  ~  ~


2カ月後に語学留学するなら、
いまならバイトはしないで
少しでもレベルを上げておけるように
日本の英語学校に行くと思います。

でもあのときは、お金がなくて~、
1年間NY留学を持たせる資金を
少しでも増やしておきたかったのでした。


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あの細い階段を上り、
2階の窓から、たまにちらっと外を見ていた私へ。

今の私も元気にやっているよ~。


それではまた!

今では
経営ジャーナリスト・中小企業診断士の
瀬戸川礼子でした。

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