「群れない 慣れない 頼らない」 日本画家・堀文子さんの言葉



「群れない 慣れない 頼らない」

これは昨年の2019年に

100歳で亡くなった孤高の日本画家

堀文子さんの言葉。



68歳で、言葉の分からないイタリア暮らしを

始めた経験もおありです。




「群れない 慣れない 頼らない」

 実にかっこいい生き方。


しかし堀さんは、こうしたご自分の生き方を、

「皆様には何の役にも立たない考え方です。
 こんなことを考えていたら、出世なんてできません」

と書かれています。さらには、

「ひとりはさびしいと、みんな口癖のようにいいます。
 けれども、二人ならさびしくないのでしょうか。
 もっとさびしいのではないかと思います」

「いっしょに遊ぼうというのは、小学生くらいまででしょう。
 みんなと一緒にいなくてはさびしいというのは、
 その頃くらいまでのことだと思います」と。

(『私流に現在を生きる』P183 より)



一方、俗世に生きる私は、

「たまに群れたい 少し慣れたい 頼る勇気を持ちたい」

…なんだか中途半端なのでした。





堀文子さんの存在は、

先日の取材先「柳生の庄」の女将さんに教えていただき

初めて知りました。先代の時代から懇意にされていたそうです。

「柳生の庄」の玄関には、竹林に羽ばたく雀たちの大きな絵があり、

館内にも素敵な絵が品よく飾られていたのです。



下記は売店で売られていた絵葉書(の一部)

同館のお年賀状や暑中お見舞いはがきにも使われたそうです。

この梅は、90歳を過ぎて書かれたものだとか。






まるで違う作風もあります。『生きて死ぬ智慧』より




女将さんから堀文子さんの話をお聞きして、

何かピンときた私は、早速、近所の図書館へ。

美学の散りばめられた堀さんの本を一気に読みました。







左の本『私流に現在を生きる』に、

「そう思う人がいたんだ!」と膝を打つ箇所がありました。

私は絵画はまったくの素人ですが、

日本画家が完成した絵に押す赤い落款を見るたびに、

せっかくの絵の世界観を変えてしまうのに…、

と思っていました。

正直なところ、異物混入という感じがしていたんです。




本の中で堀さんは

落款について触れていらっしゃいました。

その色の問題や、落款作家という別の作り手による作品が

自分の作品に入ってしまうのはおかしい、

そう考えられたのです。



日本画の世界では、落款がない作品には価値がつかない、

というような風潮があるようです。

しかし、堀文子さんは自分で芋判をつくってみたり

試行錯誤した結果、やはり落款を押すのはやめて、

「文」の署名だけにした、と。


絵の世界観をできるだけ変えないための署名です。

私はとても納得しました。






堀さんはさらに書かれていました。

「師匠も弟子も持たない私だから出来ることです」と。



同等に語るのもおこがましいのですが、

私も、師匠・弟子という上下関係はちょっと苦手。

尊敬する人はたくさんいますが、

私が尊敬する人は「師匠」と言われて喜ぶタイプでなく、

喜ぶタイプじゃないからこそ、私は尊敬するんだと思います。



遠く知らなかった方の心を少し覗かせてもらうと、

ぐるりと回って自分自身の心も少し覗けるようになる、

こうして世界がまた少しだけ広くなる。

そんな経験でした。


心も旅する瀬戸川礼子でした。








ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス